2019ガイドライン改定に思うこと
日本高血圧学会による『高血圧治療ガイドライン2019』にて、診察室血圧の分類が変更されました。
「高血圧」の基準値は従来どおり140/90mmHgですが「正常血圧」は引き下げられ120/80mmHg未満ということになっています。
「正常高値血圧」である120~129/80mmHg以上のすべての人は生活習慣の修正が必要、「高値血圧」130~139/80~89mmHgでリスクが高い人はさらに強化して修正し下がらなければ薬物療法も考慮する、とされています。
また75歳未満の成人の降圧目標は130/80mmHg未満、75歳以上の降圧目標は140/90mmHg未満、というように全体として以前より厳しい対応が推奨されるようになりました。
なぜ高血圧は治療しなければいけないの?
心臓はポンプのように伸縮して血液を血管(動脈)に送り出しています。血液が流れるときに血管にかかる圧力が血圧です。
血圧は心臓が収縮して血液を送り出すとき最も高くなり(収縮期血圧)心臓が拡張して血液をためている間は最も低くなります(拡張期血圧)。
血圧は心臓や自律神経、血管にある受容体という働きによってコントロールされており、行動にともなって随時変動するほか日内変動といって睡眠中は低く起床時に上昇するというように生理的にも変動しています。
持続的に血圧が高くなっている状態が高血圧症とされ、ほとんど自覚症状がないことが多いのですが、動脈硬化を進展させて脳血管障害や心筋梗塞など命に関わる重い病気につながるおそれがあります。
そうなる前に高い血圧をなんとか下げておく、つまり高血圧の治療とは将来的な病気の予防なのです。
度重なる指標変更で混乱しないでしょうか?
予防として介入するためにはどこかで線引きをする必要があり、その区分基準値はある集団をもとにした臨床研究から統計学的手法をもちいて適切なところで決められます。
今回のようにどんどん厳しく変更されているので、体感的にどうもしっくりこない、そこまでする必要があるのだろうかと感じてしまいます。
患者さんも昨日までと違うことを言われたら、何を信じればよいのかと不信感を抱いてしまうかもしれません。
薬物治療への道筋
たとえば常に収縮期血圧が200mmHgを超えているようなケースでは降圧の必要性に異論はないでしょう。
そのままにしておくことで脳卒中や心筋梗塞が増えると言われているので降圧剤の使用はやむを得ないかもしれません。
しかし軽症の高血圧については、生活習慣の改善を促すモチベーションとしてはよいですが、その先の薬物治療への道筋が作られているように感じてしまうのです。
“高血圧”という概念が拡大されることで“高血圧症患者”の人口も拡大するわけで、そのなかで薬を勧められるようになるケースは必然的に多くなると考えられます。
人々の健康への意識を高める目的・予防医学を推進する目的であったとしても、結果的には人々の漠然とした不安をあおりCM「130超えたら高血圧です」から始まる薬品・食品ビジネスにつながっていくような気がします。
高血圧治療の歴史
血圧計が生まれたのは1905年頃、はじめはアメリカの生命保険会社の調査で血圧が高いと平均余命が短くなるという結果が出たそうです。
さらにその後の研究でも同じような結果が得られ、血圧を下げることで脳血管障害や心筋梗塞を減らせるという結果も得られたことから、降圧治療の根拠となりました。
米国で1948年に始まった大規模な臨床研究『フラミンガム研究』はとくに有名で、コレステロールや肥満など現代の健康常識のかなりの部分を証明してきたと言われています。
日本では1961年に脳卒中と実態解明を目的として始まった『久山町研究』があります。
それまでは血圧は年齢+90~100くらいが妥当で(諸説あり)、その程度でないと循環が保てないと考えられており、血圧を下げるという発想はなかったそうです。
その後も研究結果が取り入れられることにより、血圧の基準値はだんだんと下げられてきました。正常と異常、病気と健康の境目がどんどん変更され、病気の範囲が拡大しています。
これを現代医学のめざましい発達とみるか意外と浅い歴史、不確実なものとみるかは人それぞれかもしれません。
診断基準の根拠となる文献でもその基準内の人がどれだけ長生きしたかというデータはないそうで、長期にわたる研究は統計の手法を駆使しても難しいのだろうと思います。
今回の降圧目標値の改訂は『ACC(米国心臓病学会)/AHA(米国心臓病協会)2017高血圧ガイドライン』に追従するかたちであり、その根拠とされるのは『SPRINT』と呼ばれる2015年発表の臨床試験です。
簡略化して言うと140未満に下げた群よりも120未満に下げた群のほうが心血管イベントが減少するという結論ですが、その研究の解釈をめぐっても幾つかの問題は指摘されています。
内訳でみると心不全は著明に抑制されているものの心筋梗塞と脳卒中に関して有意差がないこと、血圧測定方法が日本とは異なること、そもそも対象者がハイリスクであること、120未満の群でみられた有害事象について、などです。
日本人はこれまで心筋梗塞よりも脳卒中が多く、血圧が高いことを心配する患者さんもたいてい脳卒中を頭に描いているようですが、この研究では有意差はないと出ています。
血圧を厳密に測定しようと思ったら
常に変動している血圧を正確に把握するために、測定方法についてもさまざまな検討が重ねられてきました。
家でも病院でも測定時に毎回そうとう高ければ判断に迷いませんが、基準や目標が細分化されるとそれに対応して厳密に把握せねばならず、単純に平均値をとればよいというものでもなく、私はそこに困惑を感じてしまいます。
推奨されている測定方法
測定方法として現在推奨されているのは、“診察室血圧”よりも“家庭血圧”を
- ①なるべく朝(起床時排尿後)・夜(就寝前)の2回
- ②椅子に座って1~2分安静にしてから
- ③少し時間をおいて2回測定
…とされていますがもっと言うと、
- ④なるべく上腕部で測るタイプの血圧計で
- ⑤静かで適当な室温のところで
- ⑥背もたれのある椅子で足を組まずに
- ⑦測る腕はいつも同じ腕で
- ⑧測定前に喫煙・飲酒・カフェインは控える
- ⑨薄い衣類はそのままでOKだが厚手のものは不可、まくり上げるのもNG
。…とされています。さらに言うと
- ⑩上腕部に巻くマンシェットは腕の太さに応じて適切な幅に(同じ幅だと太い腕の人は高くなる傾向がある)
…もあります。
入浴も血圧に影響しますが、入浴と測定法について明言されているものはあまりないようです。
より厳しい測定法を勧めるものも
妊娠高血圧症候群の診断基準に書かれている測定法は高血圧症で勧められている方法よりも厳密で、
- ①5分以上の安静後、上腕に巻いたカフが心臓の高さにあることを確認し、坐位で1~2分間隔にて2回血圧を測定しその平均値をとる。
2回目の測定値が5mmHg以上変化する場合は安定するまで数回測定する。
測定の30分以内にはカフェイン摂取や喫煙を禁止する。 - ②初回の測定時には左右の上腕で測定し、10mmHg以上異なる場合には高いほうを採用する。
- ③測定機器は水銀血圧計と同程度の精度を有する自動血圧計とする。
…となっています。
血圧の数値は条件で変わるもの
血圧とはこのように多くの条件で左右されてしまうものです。
ちなみに水銀の取り扱いの問題から現在は病院でも電動血圧計(水銀血圧計とは測定方法が違う)を使用することが多くなりました。
血圧は厳密に把握するのはじつは難しいのですが、健常人の日内変動と思われる変化でも、基準が決められていると少しでも高いことで心理的に影響を受ける人が存在します。
血圧は自律神経でもコントロールされているので、心配ゆえに血圧が上がる場合もあるでしょう。
検査の数字というものはどこか拘束力があり絶対的なもののように感じられ、振り回されることも多くなる気がします。
血圧はたいへん有用な指標ではありますが、ほかの要因とあわせて全体として見ていかなければと思います。
高血圧と診断されたら、薬を服用する前に自分でできること
ガイドラインでも、まずは生活習慣の改善に取り組むべきとされ、次のような順に推奨されています。
- ① 減塩目標は1日6gとする。
- ② 野菜・果物を積極的に摂取しコレステロールや飽和脂肪酸の摂取を控える。魚(魚油)の積極的摂取も推奨される。
- ③ 体格指数(BMIという:体重(kg)/身長(m)²で算出)25未満が目標。目標に達しなくとも約4kgの減量で有意な降圧が得られる。
- ④ 有酸素運動を中心に定期的に(毎日30分以上を目標に)運動を行う。
- ⑤ 節酒を行う。
- ⑥ 禁煙の推進と受動喫煙の防止に努める。
- ⑦ 防寒や情動ストレスの管理などを行う。
高血圧の治療はまず生活習慣の改善から
高血圧の治療は将来的な病気の予防なので、できるだけ薬でなく生活習慣の改善をしましょう。
薬はやめられないわけではありませんが、予防的に使っているものはじっさいやめどきが難しいのが現実です。
すでに内服を始めていてもあきらめずにできるところから始めましょう。
高血圧となるに至った生活を見直すことが必要という身体からのメッセージだからです。
肥満が認められる場合は減量することで確実に下げられます。5kg減量で10mmHg下がる、1kg減量で1mmHg下がるなどの報告があります。
⑦でも挙げられていますが、多くの場合はストレスとストレスから自分を守るために身につけた習慣(飲酒、過食など)が関与しています。
ストレスそのものをなくすのは難しいと思いますが、自分に合ったストレスへの対策をするのが重要です。
食事、運動、ストレス対策など自分でできることを一緒に考えていきましょう。
減塩は高血圧に有効か?
塩が動物にとって必要だということには異論はないでしょうが、高血圧に対しては通常、減塩が指導され(前述のようにガイドラインでは減塩についてまず言及され1日6gとされています)その程度もだんだん厳しくなり現在WHOでは1日5gを推奨しています。
塩を摂取しないと高血圧ではないという視点
「塩をまったく摂取しない南米の民族には高血圧が認められない」というところから始まった話のようで、相関関係と因果関係が混同され背景因子も考慮されていないわけですが、そこから塩分に目をつけるのは当然とも思います。
塩(塩化ナトリウムNaCl)のナトリウムには循環血液量を増やす作用と、細胞内カルシウムの増加を引き起こし血管収縮を促す作用があり、いずれも血圧を上げることになるのです。
食塩と血圧に関係はないという説も
いっぽう血圧と食塩は関係ないという学説も多数あり、先述の『フラミンガム研究』でも24時間食塩排泄量と血圧とは関係なかったと報告されているそうです。
高血圧の約6割の人は食塩非感受性つまり減塩しても下がりにくいという説もあります。
これまでの経験では、急に血圧が上がった患者さんで、原因が前日の食事の塩分量かもしれないと感じたことはあります。
しかし減塩が降圧に有効かどうか、そこまで減らすべきなのかは疑問に感じます。
ナトリウムの作用は他のミネラル、カリウムやカルシウムと協働しているので、それらミネラルのバランスのほうが重要なのではないでしょうか。
カリウムはナトリウムを排出するはたらきがあり、マグネシウムはカルシウムが血管を収縮させるはたらきを抑制します。また発汗でもナトリウムは排泄されます。
注目すべきは多くのミネラルを摂れる食事、運動ではないか
そう考えると塩分を控えることよりも、他のミネラルをじゅうぶんに摂れる食事をし、運動を行うことのほうが優先事項のように思います。
食卓塩と呼ばれる精製塩は99%以上が塩化ナトリウムなので、料理に使用するには他のミネラルを含む自然塩が勧められます。
塩と人との関係は人類出現以来ずっと続いています。
人体が必要とするミネラルは数十種類ありますが塩化ナトリウムだけが塩として単体で摂取されているということは、なにかそれだけの意味を持っているのではないかとも感じます。
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