診察室で言われること
診察室でこんなふうに言われたことはありませんか?
「この病気には○○しかありません」
「現在の医学では原因は不明です」
「この治療をしないとかならず△△になりますよ」
「うまくつき合っていくしかないですね」
ほんとうに、そうなのでしょうか?
私たちは病気にたいして、ほんとうに、そんなに無力なのでしょうか。
ガイドラインに示されているような標準治療を受けなければ、期待する結果は得られないのでしょうか。
提示された方法を受け入れないなら病院に行くのを遠慮しなきゃいけないのでしょうか。
病院で提示される治療法がすべてではない
病気になってしまったとき、ご自身が懸命に治療に取り組むとともに、ご家族も主治医も、関係するすべての人々が協力して治療に臨んでいると思います。
専門医ではその疾患に集中して精密検査および診断・治療がおこなわれることになります。
日本では国民皆保険制度が採用されていることもあり、保険診療で受けられる、いわゆる“西洋医学”的な治療法が一般的になっています。
しかし西洋医学の歴史を振り返るとじつはとても短く、近代になってから普及してきたものです。
歴史の浅いものであるがゆえに、確立されたようでいて常に流動的で、最新のものが最良とされ、ときには昨日まで有効とされていたエビデンスが今日には覆るというケースもあるのです。
考えようによっては、医者はいつまでたっても“名人”になれない(!)そんな悲哀を感じることもあります。
そして保険診療のなかで提供できることは決められており、そこからの逸脱はできません。
環境は大きく変わっても、ヒトのこころもからだもそんなには変わっていません。
病気はいつの時代もありました。
古くから続いてきた東洋・西洋のさまざまな治療方法に加えて、現代では温熱療法や光線療法、波動療法、量子医学という観点からの治療も受けることが可能です。
それらはエビデンス重視の西洋医学では疑問視されることも多いのですが、有効性を実感している人はたくさんいます。
エビデンスは確かにひとつの指標にはなりますが、すべてではありません。
“○○病患者”とひと括りにされていても、ひとりひとり違うパーソナリティと背景を持っており、その人に合った方法というものがきっとあります。
じつは治療方法にはたくさんの選択肢があるのです。
すべての人がすべての治療を試みることは不可能ですが、信じられるものをトライしてみる価値はあり、標準治療を選択しない場合でも、医者はその選択をもっと尊重してもいいはずです。
現実的に可能で、その人の信念に合った方法を探すお手伝いをしたいと思っています。
当院の考える病気との向き合いかた
① 治療法は自分で決める
医者は常に自分の考えるベストな方法を提示していると思います。
職務のなかに説明する責任も含まれています。
その方法を強制することはできないし、強制しているという意識はないでしょうが、その方法しか信じていない場合にどうしても固執してしまう傾向があるかもしれません。
主体はあくまでも患者さんです。
患者さん側は、提供された情報から自分自身が納得したうえで主体的に選択するのが最善でしょう。
たとえ「おまかせします」と言ったとしても、じつは「まかせる」という選択をしたのも自分です。
自分で選ぶという行為には責任もともないますが、どんなことでもすべて自分の選択なのだという立場にたつことから、その人の人生が始まっていると言ってもよいのではないでしょうか。
② 食事と生活習慣を見直す
食事と生活習慣が“からだ”と“こころ”の健康に大きく関わっていることは誰もが感じているでしょう。
食事は、かならずと言ってもいいくらい、病気になったそもそもの原因の一部です。
どんな治療法をやっていくにしても、それまでの食事と生活習慣は見直してみる必要があります。
さらに現代社会では非常に残念なことに、不自然な食品やじわじわと有害作用を示すような物質が環境にあふれています。
知識があることで避けられるリスクもあるのです。
食事や生活を変えていくことは簡単ではないかもしれません。
でも本当に納得することができれば、嗜好や習慣は変えていくことができます。
そのための情報提供と覚悟のお手伝いをします。
③ こころとからだの関係を知る
“からだ”と“こころ”は繋がっています。
相互に影響し合ってその人の症状や悩み、生きづらさを形成しています。
生きていると、いろんなことがあります。
たくさんの感情を体験するために私たちはこの世界で生きています。
かなしい、くるしい、むなしい、後悔、自責の念、罪悪感、・・・
なかにはこころに負荷がかかるような感情もあり、自分を守るためにできるだけ感じないようにしてしまうことがあります。
湧き上がってくるものに蓋をしてしまったり、なかったものとして目を背けてしまったり、意識的にも無意識的にも人はそのような行動をしていることがあります。
そのパターンが常態化していくと、身体のどこかから何かしらの症状となって顕現してくるのです。
病気の背景には、このような“こころ”のはたらきが大きく関係しているのです。
こころのなかに封じ込めてしまった思いに気がついて、言葉にして受けとめてあげることができれば、病気や症状は役割を果たしたことになり、治癒への第一歩となります。
④ 病気の理由と目的を知る
なぜそんな不快な症状を引き起こして、場合によっては生活に大きな制限をもたらすような状況になってしまうのでしょうか。
“本当の自分”を生きていないときに、人は病気になります。
こころの深いところでは“本当の自分”を生きたいと願っているので、その方向に軌道修正していくためにあえて病気をつくり出すことがあるのです。
とてもつらい病気であっても、自分がつくり出している、という視点に立つことで見えてくることがあります。
青天の霹靂のように感じられても、外からの悪意の反映のように思えたとしても、それを受け取ることにしたのは自分なのです。
病気に限らず、自分を取り巻く現実はすべて自分が作り出している。
どんな状況もすべてはその人が選択しているのです。
また、病気という経験が、今回のその人の人生にとって重要である場合もあります。
その経験をどのように受けとめるか、そこからどれだけ大切なことを学ぶか、病気というある意味すばらしいチャレンジをしている人生もあるのだと思います。
もっと言えば、病気になっても、ならなくても、じつは一瞬一瞬のできごとが私たちへの問いかけです。
「どんなふうに生きていきたいですか」
「何を選択しますか」
病気という歓迎されない状態をつくってまで問いかけられているとすれば、そこには何かとても大切なメッセージがあるはずです。
限りある生命をどのように輝かせていくか、問いかけられているのです。
選択のお手伝いをいたします
人にはそれぞれ、その人の物語があり、紡ぎ方はその人の自由です。
生きる道がひとつしかないわけではないのと同じように、その人が治っていく道もひとつではありません。
自ら道を選んでいくお手伝いをできればと思っています。
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